ハニー
捜査本部には、先程運び込まれてきたトレイのおかげで甘いにおいが広がっていた。
真っ白な皿がひとつ。
その主役である小麦色の丸い丸いパンケーキ。
添えられた小さな小さなカップには濃いとろりとした液体。
それを指先で摘まみ、高みから白い皿目掛けて流し込む。
部屋に溢れるにおいが一層、甘く漂う。
「竜崎、蜂蜜掛け過ぎだ。それじゃせっかくの味もわからないだろう」
隣で、細かい文字が溢れている捜査資料に目をやっていた夜神月が目を細めてこちらを見る。
傾けるそれを止めることなく視線をそちらに向ける。
「わかります。こうした方が美味しいんですよ」
すでに白い皿に乗せられていたパンケーキは蜜に埋まってしまっている。
蜜の入っていたカップは、最後の一滴が出てこない。
「甘かったら何でもいいんだろ、要するに」
呆れた目線を寄こし、溜息を吐く彼。
別に、甘ければ何でもいいというわけでは無いのだが。
目だけで否定するのは、きっと否と返しても信じてはくれないからだ。
一向に出てこない一滴を諦め、トレイに戻す。
フォークを手に取ると、とろりとした海に漂っているパンケーキにナイフを入れる。
口に運ぶと、染み込んでしっとりとした甘さが舌に広がる。
噛むと、より主張する甘さと香り。
「月くんは甘くないですね」
「なに?」
小さく呟いた言葉に即座に反応してくる。
自分のこととなると気になるのだろう、少し笑いを漏らしてしまう。
「月くんが私に甘く接してくれるなら控えてもいいですよ」
瞳を見開いてしまっているのは、驚きを隠せないからだろう。
別に冗談で言ったわけでは無く、彼が甘いならば他の甘さはいらないと本気で思うのだ。
賢いとは思えない思考だが、仕方ない。
「冗談。それなら勝手に病気にでもなっていてくれ」
しかし、肝心の本当に嫌そうな顔を見せ、目を伏せる。
そして、素っ気無く背を向けた。
「やれやれ、本当に甘くない」
口にあるのは、甘さ。
しかし、一番甘く接して欲しい人物は辛口だ。
普段から甘く接してくれる彼なんて考えられないのも事実なのだが。
彼は、本当に冷たく、厳しく、とても甘くなんて無い。
しかし、それでも…
「ほら、竜崎」
目の前に置かれる、マグカップにはクリーム色の液体。
これは、と問うように顔を向けると、彼は涼しい顔で同じような手の中のカップに口を付ける。
「ミルクは入れてやったんだ、砂糖無しなのは我慢しろよ」
コーヒー…。
混ぜたばかりなのだろう、カップの中でくるくる回る。
苦みのある香りが昇り、甘いこの部屋のにおいをやわらかくしているようだ。
「ありがとうございます」
素直に礼を言うと、照れたのかまた背を向けられる。
しかし、そこから動こうとせず傍にいてくれる。
彼のくれた苦味は、目の前のパンケーキよりずっと甘いだろう。
コーヒーを口にして、口を綻ばせた。
ホラ。彼は私に甘い。
−END−
あぁ、ハニー。甘くとろけて、あつあつのパンケーキにかけてめしあがれ。
2005.3.19
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