年越し






外は息が凍るほどに寒くは無い。
しかし夜道を行く者はやはりおらず、誰ともすれ違うことは無かった。
見慣れた窓からは小さな明かりと、少し開けられた隙間からは暖が漏れている。
「貴助」
名を呼ぶと部屋の主は振り返り大袈裟に喜ばせた。
「夜一サン!寒かったでしょ、さあさ上がってください、今暖かいミルク用意しますから」
部屋を仕切る障子に手を掛けて思い付いたかのように振り返った。
「それより今日はお酒スかね、あぁ人型に戻るなら服そこにありますんで」
用意のいいことだ。丁寧に畳まれた着物の下に潜り、集中を極めるとざわりとそれは形を変え本来の手と足を形作った。
まるでタイミングを計ったように熱燗をふたつと、小さな杯を盆に乗せた男が部屋に戻って来た。
「すまぬな、遅れてしもうて」
「いいんスよ、そんなこと」
濃厚な透明の液体をゆっくり前に置かれた中に注ぐ。


「めでたきことよ。心から祝おうぞ」


ひとつ、時計の針の音と並んで一年を祓う最後の鐘が聞こえた。
それを互いに聞き終わると浦原は軽く頭を下げて


「夜一サンも。おめでとうございます」


と笑った。白の陶器の盃を傾け、小さな波紋を飲み干す。
少し辛めの味が喉をチリチリと焼く。
そこで忘れてはいけない疑問が浮かぶ。
「小僧には言うてあるのか」
「え。言ってませんよ」
軽い口調で返されたことに思わず重い溜息が落ちる。
何を考えているのか。
「知ればあ奴のことじゃ。怒るのではないか?」
「どうっスかねえ」
トポンと手の中の小さな池が跳ねる。
「知らぬぞ」
えぇ?と呆けた声。



「大したことじゃあないデショ?」



笑いながら、しかしその言葉に揺らぎも無く、真っ直ぐ見返す。
引いてそう言っているわけではなく、本当にそう思っているという顔。
一護のことはおぬしがよくわかっているだろう。
そんな言葉が浮かんだが、口にするべきか迷い、結局酒と同じに喉の奥に押しやった。
浦原はチラリと部屋の古めかしい時計を見て、手の中身を飲み干した。
「さて。早々に悪いんスけど。今からデートなんで。行きますね」
まさに年寄り臭く掛け声を付けて体を上げる。
「何じゃこんな時間からか?」
「家族でカウントダウンする代わりに初詣は一緒にと約束したんスよーン」
お決まりの帽子を深くかぶると、じゃあ行ってきますねとへらりと笑った。
数え切れないくらい時間を共にしているが、未だにこの男はわからない。
そんな男に好かれたまだまだ幼い子を思い、盃を傾けた。















   −終−






まだあいするひとと、たいせつなひはすごせそうにないけどね。



2005.06.06