居間に上げられてテッサイさんから告げられた奴の居所。
勝手知ったる人の家。
角をいくつか曲がると見慣れた姿がそこにあった。
しかし。
「何やってんだ、アンタ」
庭に沿う、軒下の廊下。
羽織を横に、無造作新聞を広げ、庭に放った足には軽く下駄。
乗り出すように屈められた格好、右手にはハサミ、左手は耳横の髪を掴んで。
「え?あぁ、これっスか?」
シャキン、シャキン。
銀色の細いハサミはその切れ味を自慢するように空気を切る。
「いやぁね、髪が伸びてきたもんスから、切ろうかなーと思いまして」
「自分でかよ」
溜息を吐いて、傍らに腰を下ろす。
大胆というか、ずぼらというか。
「ええ、いけません?」
「変にならねえ?」
鏡も持っていないのだ、見える範囲でも大変だろうに、後ろなんて自分で見えるわけが無い。
ガタガタになるどころの話では無いだろう。
「いつものことっスからねぇ。なんなら黒崎サン切ってくれません?」
「嫌だ」
即答してやると、渋るかと思ったが、意外にも浦原はただ笑っただけだった。
「言うと思いました」
ザ クリ。
銀色の二つの刃が、浦原の髪を真っ直ぐ真っ直ぐ刈っていく。
戸惑うこと無く、落とされていく沢山の糸。
少し跳ねた浦原の髪は、その曲線さえも消していく。
ハラハラと落ちる、落ちていく。
白とも金ともいえない薄色の髪。
シャ キン。
愛着なんて無いのだろう、躊躇無くハサミを進めていく。
二つの刃は主人に忠実に、止まる様子も無く其処から過去へと切り離していく。
舞い落ちる浦原の色。
浦原だった色。



ハサミは音を止めた。
「黒崎サン?どうしたんスか?」
浦原は見上げるようにこちらに疑問を投げかけた。
その骨骨しい親指と中指を、こちらが掴んでいるのだから当たり前だろう。
つい、その手を止めてさせてしまった。
「やっぱり俺がやる」
「え?先程は嫌だって…」
「いいだろ、俺がやるって言ってんだろ?」
呆気に取られている浦原から奪うようにハサミを借りる。
二、三度宙を切るとシャキと軽い音を立てた。
「ホラ。前向けよ」
いまいちよくわかっていない浦原を、新聞の上に促した。
手を入れると陽に透けて光る。
淡い色。薄い淡い色。
その色がなんだか勿体無かったから。
適当でいいっスからね、と付け加える浦原に後ろで少しだけいつもより眉を寄せて。
必要最低限だけ、いつもと同じくらいになるように、丁寧にハサミを入れた。
サクリ、サクリ。
軽い色が風に揺れた。















   −終−






その色だけは、好き、だ……なんて言わないけど。



2005.09.23