虚空
浦原宅、畳の上。
いい大人が大きな図体をゴロゴロと転がせている。
「あー暇っスねー…」
広いと言えない居間を端から端へ行ったり来たり。
暇だ暇だと心の呟きを繰り返している。
その目と鼻の先の箪笥の前で片付けに勤しんでいたジン太が、痺れを切らしてだらしない店長に話しかける。
「暇って…店長が何もやってねーだけだろ」
「だってー…やる気出ないんスもん」
「オレンジがいなくなったからって腑抜けやがって…」
「あーぁ。つまんないっスよー」
大きく足も手も広げ、天井の木目を眺める。
「自分で送り出したんだろ!?しっかりしろよ!」
それだけ言うと、残りの物を一番上の棚に詰め込んでジン太は足音大きくその部屋から去って行った。
浦原一人残された部屋はシンと静まり返り、時計が秒を刻む音しか聞こえない。
「……むなしい」
少し前は黒崎一護という少年がここにいて、くだらないことでも構ってくれはした。
どんなことでも逐一反応してくれる相手がいたのに。
ふぅと吐いた溜息がだらしなく目の前に掛かる髪を少し吹き上げた。
開いた視界の先に、障子に隠れるように廊下からこちらを覗いている女の子が目に映る。
「喜助さん……」
怯えた様子を少し見せながらも、寝転がる浦原の傍にちょこんと座る。
ふるふると震えていながらもそこを動こうとせず、心配そうにチラチラと盗み見ている。
それが可笑しくて可愛いらしくて、思わず笑んでしまう。
「ありがと、ウルル。平気っスよ」
手を伸ばして小さな彼女の頭を撫でてやる。
怒っていないとわかったのか、頬を赤く染めてウルルも控えめに笑った。
「店長ー」
名前を呼ばれて、浦原が部屋の入り口に目をやる。
ウルルもつられてそちらを見やった。
そこには腕組をしたジン太が立っていた。
「……テッサイが飯だって」
先程のやり取りが、気まずいのか目を合わせようとはしないが、心なしか照れているようにも見える。
それがまた可愛らしくて、浦原は目を伏せて笑った。
「ハイハイ」
体を起こし、ウルルの手を引いて二人で立ち上がった。
入り口のところで待ってくれているジン太も髪もくしゃりと撫でてあげる。
「ジン太も、テッサイもありがとね」
廊下で壁に沿うように平行に立って、皆を待ってくれているテッサイにも目を向け礼を言う。
大男の彼も眼鏡を押し上げ、律儀に頭を下げる。
狭い廊下を四人で歩く。
それが何だか楽しくなってきて、浦原は右手にジン太とウルルを掴まえ、左手でテッサイに飛びついた。
ちょっとした奇声や抗議は笑って無視してしまって。
「みーんな物好きっスよねー」
そう言って笑うと
「店長もな」
とジン太が返して。
皆で笑いながら食卓へ向かう。
優しい住人たちが少しだけ、空いた穴を埋めてくれた気がした。
−終−
こいじゃなくて、あいじゃなくて、ええとなんだっけ。
2005.08.31
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