一人暮らし
ルキアに用を頼まれた。
ハッキリ言うと不服だったが、断る理由も無く暇な俺は承諾する。
行き先は"いつもと同じ"浦原商店。
「おや。お久しぶりですね、黒崎サン」
店の戸を開けると、奥からこの店の店主が扇子を片手に出てくる。
今日は何の御用で?そう続けられた浦原の顔を見続けることはできなかった。
それよりも気になる状態が目の前にあったわけで。
「オイ、何だこれは」
思わず眉を顰めてそれを見やる。
「何だって…何がスか?」
用件を言わない俺を気にすることも無く、同じ方に目をやった。
何も思わないのか、コイツは。
「何がって、この荒れ様は何だって聞いてんだよ」
店の中戸から覗く家の様子。
まるで泥棒にでも入られたかのような有様だ。
いつも整えられている昭和風の居間は、服やタオルやら製品やらでゴチャゴチャに埋め尽くされている。
ひとつまだマシだと思われるのは食べ物のゴミが無いことだけだろうか。
とにかく汚い。
作業中だったのか変な部品は転がっているし、戸棚だって開けっ放しだ。
「そんなに荒れてますかねえ」
「これが荒れて無いなら何が荒れてるんだっつの」
ヘラヘラしている奴を放っておいて、勝手にお邪魔することに決める。
靴を脱いでさっさと居間に足を踏み入れたはいいが、とにかく踏み場も無い。
浦原はそんなこと気にもしないのか、わずかな隙間をひょいひょいと進む。
「テッサイさんは?」
「彼ならウルルとジン太を連れて旅行中」
それでか、と納得が行く。
あの見かけによらない大男は綺麗好きの料理好き。
こんな状態を放っておくわけが無いのだから。
「そんなところに突っ立って無いで、おいでなさいよ」
「アホか、この先に進めるわけ無え」
散らかっている部屋を見て溜息を吐く。
そしてひとつ覚悟を決める。
「よし、片付けるぞ」
「えぇ〜?」
「お前ん家だろうが!やるって言ったらやるんだ!こんなとこに居たら体壊すぞ!」
不服そうな声を出した浦原を叱咤して、腕まくりをする。
浦原は口元を覆っていた扇子をパチンと閉じて「ハイハイ」と嫌そうに返事をした。
「随分綺麗になりましたね」
普通の状態に戻っただけで綺麗になったわけでは無いだろう、と内心息を吐く。
掃除をしていて、わかった。
コイツは本当に生活能力が無い。
始めは無理にでも掃除を手伝わせていたのだが、あまりに邪魔なので途中で見学に回したくらいだ。
その風貌そのままに、コイツは適当だ。
そんなコイツに飯はどうしたと聞いたら
「食べなくてもやっていけますよ、数日くらい」
と呆れる返事を返されたので掃除の上料理まで作るハメになってしまった。
「お前飯ぐらいなんとかしろよ」
ちゃぶ台に軽い食事を置くと、浦原はすとんと腰を下ろした。
笑いながらスイマセン、と頭を下げる。
「こんなことでお前生きていけんの?」
一人になったとき、この男はもしかしたら死んでしまうのでは無いだろうか。
数日部屋で発見されず死体になっている…なんて有り得ないことじゃない。
そんな心配を見透かされているのか、奴は帽子の下でククッと笑う。
「黒崎サン世話してくれます?」
「絶対嫌だ」
おや、冷たい。と小さく呟く。
冷たいなんて、本当はそんなことを思っていないだろうと思ってはいても黙られると困る。
ただでさえそれほど知っている間柄では無いのだから。
「まぁ…お前が連絡する気があるなら、飯くらい作ってやる。」
ポカンと間抜けに口を開いているコイツを見るのは初めてだ。
笑ってしまいそうになって、「ホラ、食えよ」と目の前の料理を勧めることで堪えた。
あ。結局俺は何しに来たんだったっけ。
−終−
あとで怒られたらてめーのせいだ。
2005.06.06
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