夜と眠りの愛し方






明日は学校で球技大会なんてものがある。
運動は嫌いでは無いから、それに関してどうこう言うつもりは無いが、気持ちが乗らないのは一つ問題があるからだ。
虚を追いかけている間に、俺とルキアがその大会の実行委員にさせられていたということ。(主に原因であるコンは後々しっかり殴り倒した)
何でそんな七面倒なことを、と頭を抱えたがもう決まってしまったのは仕方ない。
放課後の委員会もきちんと出たし、クラスのアンケートも、項目への準備もそれなりにきちんとしたつもりだ。
毎日のように通っていた浦原商店へもろくに行けていなかった。
それがついに明日。明日終わる。
しかし、最後の最後。明日の朝、いち早く学校へ出向いて球技の準備をしろという。
いつもより早く解放されたのを期に浦原に会おうと思っていたのに。
明日で終わりだ、明日は会いに行こう。
自分に言い聞かせながらアイツには会わずに家へ帰った。
なのに、
「眠れない」
定時通りの夕飯と、いつもより早い風呂を終え早々とベッドに着いたというのに。
目蓋は重くなる気配も無いし、少しの音で意識がそちらに行ってしまう。
闇にも目が慣れてしまってどうも眠気というものが一向に訪れない。
困った。本当に困った。
こんなときに思い浮かぶのは何であの男のことなんだろう。
最近ろくに会えていないから。
こんなことを考えるよりまず、早く眠らなくてはいけないのに。
「……クソ。浦原のせいだ。」
「そりゃあ酷い。アタシが悪いんスかぁ?」
聞き覚えのある声。伸びた口調。
まさか。跳ね上がりそのままいきおいよく窓を覆う布に手を掛けた。シャ、とカーテンリングが逸れ合い軽い音を立てる。
「コンバンハ、黒崎サン」
窓の向こうには、今さっきまで考えていた人物がそこにいた。
深緑の羽織と甚平、手には杖。緑と白の帽子の下に隠れる薄色の髪と細身の顔。
言葉がうまく出てこない。
「……浦原」
なんとか名前を呼ぶと、嬉しそうに小さく言葉を発したようだったが遠くてよく聞こえなかった。
そこで浦原が、ガラスの向こうの外にいるということをちゃんと理解できた。急いで鍵を開け、窓を開け放つ。
ヒュウと冷たい風が入り込んできて、こんな中に少しでも居させたことを悔やんだ。
さり気無く、なんでもないことのように「入るか?」と聞くと、いいえ結構と笑う。
いつもは勝手に窓を開け、駄目だと言ってもズカズカと部屋に押し入ってくるくせに、こんなとき引かれてしまうとこっちが戸惑ってしまう。
困りながら、浦原を見上げると、それに気付いたのか子供のような笑みを浮かべた。
「黒崎サンに会いたくて…こんな時間ですけど来ちゃいました」
ふふ、と笑うからつられて頬が緩んだ。
四角い窓を挟んで、二人会話を交わす。
最近会いに行けなかったわけ、明日のこと、そして眠れなかったこと。
闇の中でアンタのことを考えていたんだ、と。
浦原は逐一「ええ」「そうっスか」と相槌を打ってくれる。それが嬉しくてついつい言葉が進んでしまう。
なのに気持ちとは反対に、言葉を交わす度に目蓋が重くなってきて、今まで微塵も感じられなかった眠気が近付いてきてるんだとわかった。
「眠そうっスね、眠ります?」
「あぁ、まあ。いや、でも、今は眠りたく無い、かも。だって…」
ここにアンタがいるんだから。
浦原は驚いたように目を見開いて、それから柔らかく笑った。
羽織から腕が伸び、長い指が頬を撫で、ひんやりとした掌が、やわりと二人の距離を縮めさせる。深色の瞳が近くて、つい目を細めた。
「黒崎サン」
額に。眉間から目蓋、鼻先、頬。
それから、そっと上唇に。
「おやすみなさい」
やさしい。やさしいキス。
伝わってきた少し低い温度がじんわりと今度は熱を持って体中を廻る。
髪を柔らかく何度も撫でられ、それからそっと唇を落とされる気配。
うっとり瞳を上げると、浦原の姿はそこには無く、風の音に混じって遠くでカラン、とコンクリートを蹴る音が聞こえるだけだった。
「ズリィの」
勝手に来て、勝手に帰って行った。
こちらからの言葉を聞かずに、言わせずに行ってしまうなんて。
明日。あした、会いに行こう。
それから言えなかった言葉を言ってやるんだ、一番そばで。


おやすみ、浦原















   −終−






また、あした、おやすみって。



2005.09.12